結城あすかの毎日電波思考 (あすか日記)

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zoom RSS 八幡和郎の難癖から江戸時代を弁護するにょ

<<   作成日時 : 2018/06/17 16:14   >>

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 八幡和郎という人がいるにょ。何者かはよく知らないけど、元官僚でアゴラにヨタ記事書いたり歴史関係の本(といっても学術書じゃなく一般向けの読み物)を出してるにょ。ま、神の啓示を受けて古代史の謎を解き明かしたり、歴史上の人物の子孫を名乗って歴史的大事件の真相をもっともらしく語ったりということをしてるわけじゃないので、ま、あまり胡散臭さはないにょ。
 とは言え、この人にはとりわけ顕著な偏向が見られるにょ。江戸時代をとことん貶して、明治を手放しに褒め称えるにょ。まるで明治維新を正当化するために江戸時代を完全否定した戦前の皇国歴史観そのものみたいだにょ。

 ま、この人の名前を知ったのは、ずっと前に戊辰戦争の際に全国の各藩はどうだったかというようなことを書いた本(『江戸三〇〇藩 最後の藩主 うちの殿様は何をした?』)を読んだときにょ。そういう視点で(全てではないにしろ)各地の大藩から小藩まで網羅的にまとめたようなものは読んだことがなかったから興味があったにょ。
 しかし、中身を読んで幻滅したにょ。そこにはただひたすら、薩長に付いた藩主は英邁、幕府側に付いた藩主は凡愚と、それだけで評価を決めつけてる文章が書いてるだけだったにょ。その他の藩政の事績とか藩主自身の人柄とか、まったく考慮はされないにょ。

 あすかも江戸時代が手放しで褒めるほど良い時代だったとは思わないし、(一般的に時代が下るにつれて社会は良くなっていくという当たり前のことから)全体的には江戸時代より明治のほうが良い時代だろうとは思うけど、かといって江戸時代が悪の権化のように全否定されるものかと言えば、大いに疑問を感じるにょ。

 その八幡和郎がまた江戸時代を一方的に貶す記事をアゴラに書いてるにょ。あまりに胸糞悪いから、あんな記事を盲信するリテラシーの低い読者がいてはいけないので、ここでツッコんでおくにょ。

江戸時代の不都合すぎる真実 ベスト10

@鎖国のせいで軍事力が低下し植民地にされかかった

 結果論に過ぎないということは言うまでもないにょ。西洋列強が軍事力を劇的に進化させたのは産業革命以降に過ぎないにょ。鎖国を始めた時点でそんなパラダイムシフトが起こるなんてことは世界中の誰も考えていなかったはず(レオナルド・ダ・ヴィンチあたりは予想してたかもしれないけど)にょ。
 産業革命が起こった後も蒸気船が実用的に地球規模的な交通手段として使われ始めるまでは、そういう文明の技術もそう簡単には伝達しないにょ。仮に鎖国してなかったところで、日本に産業革命が伝わる時期がそんなに早かったとは思えないにょ。幕府だってオランダからの情報で蒸気船等の知識はあったけど、現物の調達は早くてもペリー来航の10年以上前には不可能だろうにょ。
 なまじ、西洋の近代文明は19世紀中頃から飛躍的に進んでいくから、その最中の幕末開国の時点の文明差が極めて大きく見えるけど、時間的な差を捉えるとせいぜい数十年しか違わないというのは、岩倉遣欧使節が欧州で認識した通りだと思うにょ。

A科学技術も300年遅れたままだった

 産業革命以前の西洋だって科学技術がそんなに進歩していたわけではないにょ。そもそも西洋文明を一方的に基準にして遅れてる遅れてないという価値観自体が、西洋文明が世界中を覆い尽くした19世紀末か20世紀初頭以降のものだということを忘れてはいけないにょ。
 江戸時代の日本が、オランダからの情報でその知識を得ながらも、西洋的科学技術を盲信的に導入しなかったのは、東アジアにおいてそれが必要なかったからだにょ。必要になったのは、その科学技術で武装した西洋列強が東アジアに襲いかかってきたアヘン戦争とかペリー来航以降の話でしかないにょ。

B国民の大半は引っ越しも旅行も禁止の半奴隷状態だった

 こういうのを単純に比較するのは卑怯というものにょ。江戸時代は地方独立の封建制度であって住民統治は藩や所領毎に行われていたにょ。しかも統治者の経済基盤が土地から上がる収穫物なのだから、領民である農民に逃げられては困るので移動に制限を付けたにょ。
 一方、明治時代は中央集権の一括統治で、統治者の経済基盤は各戸に対する課税であって、その課税の元の所得の手段は何でも構わないから、税金を払ってる限り国内の移動は自由になったということだけだにょ。
 江戸時代は何も住人を虐げるために移動を制限していたというのではないにょ。

C女性差別と部落差別は江戸幕府が創り出した

 部落差別はさておき……
 幕府が朱子学を採用したから女性差別につながったとか言うのは何かの妄想ですかにょ? そりゃウーマンリブとか男女雇用機会均等法とかそういう時代の価値観から見ると、確かに男女の平等が確保されてるとはとうてい言えないとは思うけど、かといって当時の諸外国での男女差とか、あるいは歴史的なものを見ても、江戸時代だけ特筆的に男女差別が進展したとかいうような印象はどこにもないにょ。
 こういうのは歴史家気取りにありがちだけど、儒教に支配された中国や朝鮮がそうだから日本もそうに違いないという思い込みに過ぎないにょ。儒教が社会規範として機能した中国や朝鮮と違って、日本ではあくまで道徳の範疇にとどまってるにょ。ただ、一部の狂信者が水戸学を生んだり勤王の志士になったりして、幕末のテロリズムに走っていったのは確かだにょ。

D武士道は明治時代に新渡戸稲造が捏造した

 ま、これは概ねそのとおりだと思うけど、武士階級にもちゃんとノブレス・オブリージュとか意識してる層はある程度いて、そういう人材が幕末の困難期の日本を支えていたことも否定はできないと思うにょ。
 新渡戸の創作にしたってまったく種もないようなところから嘘をでっち上げたりするような見え透いたことは出来ないだろうにょ。

E教育レベルは低く識字率が高いというのも嘘

 江戸時代の識字率が過大評価というのはそのとおりかもしれないけど、ひらがなの識字率を漢字しか使えない中朝の識字率と比べて貶すのなら、26文字しかないラテン文字を使ってる西洋諸国と比べてどうなのかという点に触れないのはどうかと思うにょ。(欧米語は単語単位で覚えないと意味がないとかいう反論は無しだにょ。日本語だって単語の語彙がないと文章の読み書きはできないにょ)
 たいていの武士は九九が出来なかったとか言ってるけど、そりゃ必要がないだろうからにょ。逆に商人とかなら九九の出来ない連中など(丁稚とか除けば)いないだろうにょ。むしろ科学時代の現在の文系大卒でエリート気取りの連中が高校数学どころか中学レベルの数学すら出来てないことの方が大問題にょ。

F下級武士から上級武士になるのすら不可能に近かった

 ま、江戸時代は(というか、それ以前からずっと)「家」で格が決まっているのが日本の社会だからにょ。例外は下剋上の横行した戦国時代にょ。とはいえ、それは武士身分の中での話。朝廷から官位を貰おうとか思ったら家系図を捏造するとかして「家」の格を上げる必要があったにょ。
 八幡和郎が江戸時代(というか徳川家)を貶す代わりに持ち上げてる豊臣秀吉だって、木下藤吉郎とか羽柴秀吉のままだったら関白にはなれてないにょ。あれは摂関家の近衛前久の猶子となることで「近衛家」の人間として関白になれたにょ。
 つまりは、自分の「家」の格を上げることは不可能だったけど、養子などの手段で格上の「家」に変わることは江戸時代だって(日常茶飯事的ではないにしても)普通に行われていたにょ。

G北朝鮮なみに禿げ山だらけで環境先進国は嘘

 人里近くの山がほぼ針葉樹の人工林だらけなのを見れば天然の山を保持してきたわけではないのは確かだと思うけど、いくらなんでも紀伊半島とか奥飛騨や信州の山奥まで禿山だらけってことはないと思うにょ。
 ただ、本当に禿山だらけだったら短期間で森林が復活するとは思えないにょ。江戸時代に禿山だった場所って、明治以降に開発されて、今じゃ住宅地とかに変わってるんじゃないのかにょ?

H北朝鮮と同じように餓死者が続出

 これも比較が卑怯。まず江戸時代は鎖国もあるけど、それより運搬手段が未発達だし、世界中でも食糧余りの場所なんてほとんどないから、飢餓が起こったからって食糧を輸入して対応するとかいうことは無理にょ。金正恩がその気になればいくらでも援助を受けられる現在の北朝鮮とは違うにょ。
 まず現在のレベルの運搬業の基盤が出来たのは蒸気船が世界中に航行できるようになった19世紀半ば(幕末開国の直前)というのは理解しないといけないにょ。さらに飢餓の原因も北朝鮮のような自然破壊が原因の恒常的なものじゃなくって、純粋に自然現象や気候変動による天候不良によるものだから予防のしようがないにょ。

 あと、卑怯なのは江戸時代だけ切り取って悪し様に罵ってること。江戸時代に多くの犠牲者が記録されてるのは、それは統治者がちゃんと災害を把握して被害を調べてるからにょ。それ以前の時代は庶民が飢餓に苦しもうが統治者は関知せずに放置とかだったから、大雑把な被害が伝聞で書かれたりしても、統治者自身による詳細な調査記録は残らないにょ。律令制の当初は朝廷が全国の領民を支配する建前だから、ある程度の状況は把握してたかもしれないけど、荘園制の発生によって律令制が形骸化すると中央の朝廷や貴族は庶民のことは何も考えなくなったにょ。ま、それが武士が誕生する要因の一つだけどにょ。
 江戸時代だって初期の飢饉については幕府も何も手の打ちようが無かったけど、幕末の天保の大飢饉の頃になるとある程度の備えで多少は対応できるようにはなってるにょ。
 明治以降に顕著な飢餓が発生してないのは、世界的な海運網の成立で食糧輸入が可能になったのが大きいのと、あとはハワイやブラジルへの移民政策で国内の口減らしが出来たからだにょ。

I裁判や警察制度が不十分で切り捨て御免も伝説ではないし、サドマゾ刑罰に拷問もやり放題

 そりゃそもそも西洋の制度を持ち込んだ明治以降の警察や裁判制度と江戸時代以前のそれらの制度は根本的に基本理念が違う別物なのだから単純に比較してはいけないにょ。
 武士というのは古代の律令制度の崩壊で警察制度や裁判制度が機能しなくなったから、それを代行するために自然発生的に生まれてきたものだにょ。つまり、大雑把に言えば本来は武士そのものが警察官や裁判官の代わりということにょ。
 武士の権限が肥大化して行政全般にまで及ぶようになると、警察や裁判に関わる武士というのは限られてきたわけだけど、基本的に武士はそういう調停側の立場にあるというのが武家統治社会の建前だにょ。
 あと、明治のドイツ式司法制度のような何でもかんでもガチガチに法律で決めてあるなんてことはないから、裁判の結果は奉行なり代官のその場の判断に委ねられる部分が大きい。そりゃ近代的な司法制度から見ると野蛮に見えるかもしれないけど、その場の空気を読んで判決を下すというのは日本的な社会には不都合がないにょ。問題になるのは空気を読まない判決が出たときだろうにょ。

 斬り捨て御免はどうかにょ。江戸時代の初期には大名の取り潰しの理由に挙げられたりしてるし、徳川綱吉が生類憐れみの令を出したのは、そういう戦国時代からの機運を一掃しようというのが目的だったと言われてるから、戦国時代から間もない頃はそれなりにあったのだろうとは思うにょ。
 ただ、江戸時代が下るに連れて貨幣経済が支配的になり庶民文化が発展してくると相対的に武士の立場が弱くなってくるので、そうおいそれとは斬り捨て御免など出来なくなってくるにょ。だいたい、太刀の鞘の中が竹光とかだったら、いくら相手が無礼でも抜くに抜けないのも確かだにょ。
 ま、社会がきな臭く物騒になって、それこそ庶民が斬り捨て御免の危険を感じざるを得なくなったのは、幕末に薩長のテロリストが徘徊するようになってからじゃないのかにょ。


 人類社会の歴史というのは制度的改善の歴史であるから、前の時代より後の時代のほうが良くなっているというのはある意味当然のことにょ。しかし、前の時代のほうが劣っているのは(観念や知識や技術、その他いろいろな環境要因がその段階にまで至っていないという)時代的制約によるものも大きいという理解が必要だにょ。
 ただただ後世の感覚だけで過去を悪し様に罵るというのは、祖先の墓を土足で踏みにじるようなものだにょ。

 それでも無条件に江戸時代は最悪で明治時代は最高とかいうのなら、ひとつ言っておくにょ。江戸時代の庶民は事件にでも遭わない限り、ほとんどの人が一生の間に武器を使ったり他人を殺傷することとは無関係だったにょ。しかし、明治になって徴兵制度が出来ると健康な男子は徴兵され、戦争が起これば否応なく敵の兵士に対して武器を使って殺傷することが強要されるようになったにょ。これが手放しで褒め称えられるようなことですかにょ?

 この八幡和郎という人はどうして江戸時代を貶し明治ばかり褒めそやすのだろうかにょ? ネトウヨだとか勤王家だとかいうのとはぜんぜん違うと思うにょ。
 おそらく東大卒のエリート官僚とかいう本人が一番自慢してる「権威」の由来が明治維新で成立した近代の官僚制度であるから、その「権威」を維持するためには明治維新が何ら欠陥のない素晴らしいものでなければならないと思ってるのだろうにょ。そのためには「江戸時代のほうが良かった」なんてことが一つたりとも有ってはいけないにょ。だから懸命に江戸時代を貶して否定し続けているのだろうかにょ。

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