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zoom RSS 『勝海舟と幕末外交』を読んだにょ

<<   作成日時 : 2015/01/31 11:52   >>

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『勝海舟と幕末外交 イギリス・ロシアの脅威に抗して』(上垣外健一著、中公新書)とかいう本を読んだにょ。

 幕末最大の国難というとまず挙げられるのがロシア艦による対馬占拠事件(ポサドニック号事件)なんだけど、勝海舟が『氷川清話』で事件の解決を自分の手柄話のように語ってるのだけど、その話に信憑性があるというということを考証している本だにょ。
 この事件に関しては当時の幕府の記録や外交文書等の詳しい資料が残っていないので、従来の話では対馬藩や長崎奉行がオロオロしている間にロシア艦の方が勝手に引き上げていったというようなイメージが強く、海舟の話も晩年の与太話程度に扱われているみたいだけど、著者によれば資料が残ってないのは秘密外交に属するデリケートなことだかららしいにょ。
 そこで、幕府が開国直後、諸外国との修好通商条約との締結という難問に直面している時代に遡り、当時の日本周辺の東アジアをめぐる欧米列強の勢力争いという背景や、それに対して長崎の海軍伝習所にいた海舟が外交面でどのように関わっていたのかということを綴っていってるにょ。

 勝海舟といえば咸臨丸による渡米が(江戸無血開城と並んで)最も知られた仕事だけど、ここでは咸臨丸の話は少し触れられるだけに過ぎないにょ。海舟は徳川家茂の時代に大きく取り立てられ、その後も徳川慶喜との関係は良好ではなかった(その割に海舟は晩年を慶喜の名誉回復のために尽力してるんだけど)から、桜田門外の変による井伊直弼暗殺をめぐる政変にはあまり無関係なように思ってたんだけど、実は海舟を咸臨丸の艦長に押し立てた幕府の高官たちが14代将軍争いで慶喜を押した四賢侯に近いグループで、しかも海舟自身が何回か島津斉彬と会見しているので、海舟自身もそっちの派閥と思われてたらしく、咸臨丸の帰国直後は閑職に追いやられているにょ。
 ところが、開国当時に幕政を取り仕切ってた老中・阿部正弘や、ポサドニック号事件の当時の老中・安藤信正や外国奉行・水野忠徳は、大老・井伊直弼時代の前後に幕政を支配した頑迷な守旧派とちがい、海舟のような開明派の官僚を使うことに躊躇うことがなかったみたいにょ。さらに海舟が(新参ではない)下級とはいえレッキとした旗本であり、蘭学(および近代的な軍事や国際情勢)に通じていたということが、江戸から遠く離れた長崎において幕閣の(直接的な)密使として働くことに便利であったということにょ。

 ポサドニック号事件に先立ってイギリスやフランスが対馬の租借を求めていたという話も初耳にょ。イギリスはアロー号戦争のドサクサに紛れて沿海州を乗っ取ったロシアへの対抗なんだけど、フランスは宣教師殺害事件に絡んで朝鮮を攻撃するための橋頭堡に欲していたらしいにょ。そういう話を耳にして、先に取ってしまえとばかりにロシアは動いたということにょ。
 ポサドニック号事件において、当初、安藤信正はアメリカを頼ろうとしたのだけど、あいにくと南北戦争勃発でそれどころじゃなくなったので、やむなくイギリスを頼ることにしたのだけど、ヘタすれば逆にイギリスに取られてしまうという微妙なところにょ。そこで海舟の献策したのは、形としてはイギリス艦隊の力を借りてロシア艦の退去を求めるけど、同時に外交面でロシアのメンツは立てて自発的な退去を求め、それをもって逆にイギリスへの牽制とし、うまくこの国難を乗り切ったという話にょ。

 海舟が『氷川清話』でこの話をしているのは、日清戦争後の陸奥宗光(神戸の海軍操練所時代の海舟の教え子でもある)の権謀術数のみ長けた外交を非難するためで、海舟は外交には信義が必要だと言ってるにょ。ポサドニック号事件でイギリスの力を借りながらも、最終的には信義をもってロシアを説き伏せて引き上げさせたということにょ。

 もっとも、この本で論じられてる内容は「資料として残っていない」から「歴史の定説にはなっていない」ことなので、どこまで本当だったかということは(今のところは)誰にも分からないにょ。

 ところで、この本を読んで興味をもったのはシーボルトの関与かにょ。
 シーボルトといえば(鎖国中の)江戸時代後期の日本にやってきたドイツ人医師(ただし建前上はオランダ人)で、伊能地図を国外に持ち出そうとしたシーボルト事件で国外追放され、その後、ヨーロッパでの日本研究の第一人者(間宮海峡の名付け親でもある)になったというぐらいしか知らなかったにょ。
 そのシーボルトはペリーの浦賀来航と前後して、ロシア皇帝ニコライ1世に招かれ日露の国交交渉について献策してるにょ。その結果、ロシア船はペリーのように江戸に直接乗り込もうという暴挙をせず、穏便に長崎を目指すことになったにょ。
 また、ポサドニック号事件の頃には国外追放が解けて、再び日本にやってきて幕府の顧問にもなってるにょ。事件の解決にあたって安藤信正がロシアの外務大臣・ゴルチャコフに宛てた信書にも一枚絡んでる可能性が無いとはいえないにょ。

 少し前に『海戦史に学ぶ』(野村實著、祥伝社新書)を読んで幕末開国前後の日本周辺での軍事情勢に興味があったのと、元から勝海舟関係は好きだったのがあるけど、久々にとても読みがいのある本だったにょ。

勝海舟と幕末外交 - イギリス・ロシアの脅威に抗して (中公新書)勝海舟と幕末外交 - イギリス・ロシアの脅威に抗して (中公新書)
上垣外 憲一

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ブログを楽しく拝見しました。

対馬事件について下記のようなHPがありましたので、お知らせします。
http://tozenzi.cside.com/tusimajiken.html対馬事件の通説を糺す

対馬事件
2017/04/04 20:44

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